教師の夏休み

あわわわ。本当にお久しぶりです。

 

3月いっぱいで育児休業が終わり、仕事に復帰しました。

 

予想されていたことではありますが、仕事+家事+育児で目の回るような忙しさ。

 

それでもこのブログは書き続けるつもりだったのですが、結局かなわぬまま、一学期が終わってしまいました。

 

正確にはもう「育休教師」ではないのに、タイトルもそのままだし。

 

しかしこのように4ヶ月以上も更新が止まっているにもかかわらず、ほぼ毎日アクセスがあります。

 

ありがたいことです。

 

夏休みに入ったことですし、久しぶりに一筆。

 

テーマはやはりこの時期の教師の生活について。

 

こんなことがありました。

 

夏休みの初日、僕は出勤する前に、子供を預けるために保育所に行きました。

 

いつもは7:30に預けているのですが、その日はもう夏休みということで、多少遅くても大丈夫なので、8:00頃に行きました。

 

すると。

 

保育所の先生(もちろん僕が教師だということを知っている)が、「学校は…もう夏休み、ですよね」と聞いてきました。

 

「え? はい、そうですが」

 

「休みの時は基本的に9:00から16:00でお願いしていますので」

 

僕は初め、この先生が何を言っているのかよくわかりませんでしたが、どうやら「生徒が夏休み=教師も夏休み」と思っておられるのだと気付きました。つまり、夏休みに入れば教師はずっと休日が続くのだから、出勤している時と同じように預けてはいけない、と。

 

世の中には、やはり「教師は夏休みがあって楽でいいなあ」と思っている人がいるのだ、ということを痛感した瞬間でした。

 

もちろん、この先生に説明しました。

 

生徒は夏休みでも、教師は基本的に毎日勤務することになっていること。

 

夏休み中でも教師が休む場合は、休暇の届けを出さなければならないこと。

 

一応納得はしてもらいましたが、保育所の先生でさえこの程度の理解度なら、世間一般ではどのように思われているだろうと思うと、空恐ろしいものを感じます。

 

そこで今日は、教師の夏休みの実態について書こうと思います。

 

ただし例によって、あくまで僕が勤務しているところの話なので、細部については地域によって異なっていることが充分あり得るということをご理解の上、読んでいただければと思います。

 

中学校の教師が夏休みに出勤する用事としては、主に以下のものが挙げられます。

 

1.部活動

2.登校日

3.補習や勉強会

4.校内で行う研修

5.校外で行われる研修(すなわち出張)

6.日直

 

部活動は熱心にやる人もいればそうでもない人もいて、それによって夏休みに出勤する回数は大きく異なってきます。運動部をバリバリにやっている人には、土日も含めてお盆くらいしか休みがないと言ってもいいでしょう。

 

登校日、補習や勉強会は半日で終わることが多く、日直は電話番などがメインになってくるので、こういう時についでに自分の仕事(教材研究や事務仕事など)をする人が多いです。

 

研修も結構あります。僕の職場でも個人差がありますが、5~10回くらいでしょうか。

 

確かに言えることは、やはり授業がないぶん、普段よりは楽だということです。教室に生徒がいないので時間的な制約は少なくなりますし、休暇を取っても補欠を入れる必要がないので、休みやすい時期でもあります。実際、旅行に出かける人もたくさんいます。

 

ただし、決してずっと休んでいるわけではなく、2学期以降に向けての準備や、授業で忙しい普段にはなかなかできない勉強をし、教師としての資質の向上のために努力もしているのです。それだけは理解してほしいです。

 

 

制度的なことでいうと、出勤しないでおこうと思ったら、普通に年休を取るか、または夏季特別休暇(お盆休みみたいなもの。5日間取れる)を使うか、あるいは「勤務場所を離れての研修(いわゆる自宅研修)」ということにするか、です。

 

この中で、教師の世界に独特なのが、自宅研修です。これは、校長が認めれば、勤務場所以外のところで自主的な研修をすることができるというものです。実態としては自宅で研修をすることが多いです。

 

昔は、この自宅研修がいい加減で、年休を使わずしてほとんど休んでいるのと同じという状態でしたが、最近は研修計画書や研修報告書を出すことが義務づけられていますので、自宅研修を選ぶとそういう書類を出す煩わしさが生じることから、敬遠する人も増えています。

 

でも自宅にいて、きちんと1日8時間自主的に研修を続けている人が実際どのくらいいるでしょうか? そう考えると、端から見て「教師は楽だな」と思われても仕方がない部分は、この辺にあるのかもしれません。

 

どうでしょうか。一応「教師も夏休み」というわけではない、くらいには理解してもらえたでしょうか。

 

ついでに、夏の学校がいかに暑いか、ということも書いておきます。

 

7月に入ると、普通教室の暑さは異常なものになります。とくに鉄筋コンクリートでできた校舎の3階。熱がこもって信じられないくらいの暑さです。よく授業をしたり給食を食べたりできるな、と。9月に入ってもしばらくはそんな状態です。

 

職員室にはさすがに数年前にエアコンがつきましたが、それまでは暑い中で事務作業もしていました。屋外で働く人ほどではありませんが、これもなかなかきつかったです。

 

労働条件というものには様々な側面があり、簡単に「あの仕事は楽だ」「この仕事はしんどい」と結論づけられるものではない、と僕は思っています。どうも人間、自分がいちばん大変な目に遭っているんだと言いたくなる傾向があるようです。

 

夏休みも残りほぼ1ヶ月。他の人から後ろ指を指されないよう、有意義に過ごさなければなりませんね。

 

そのためには…。

 

 

頑張ってブログ更新!

 

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破壊王

また1ヶ月も間が空いてしまいました。

 

そうこうしている間に、僕の育休も残り1ヶ月を切り、育休教師の看板を下ろさねばならない日が近付いてきました。

 

復帰してからも愚痴はいろいろあると思うので続けようとは思っているのですが、とりあえず残された日々を大切に過ごそうと思います。

 

といいつつ、今日はくだらない話です。

 

僕が家事をしていたこの1年を振り返ってみると、やたらといろいろな物が壊れました。

 

子供の傘は大して使っていないのに骨が折れたし、テーブルの端はハイ&ローチェアとぶつかって表面の化粧板が剥がれたし、キッチンの引き出しの取っ手はガクガクだし、洗濯物を干すジャラジャラ(名前がよくわかりません。洗濯ばさみが一杯ついているやつ)もあちこちが破損してガムテープやヒモによる補修だらけです。

 

妻にもだいぶ責められました。

 

「私が家事をしている時はこんなことはなかった」

 

いったいなぜだろうと考えてみました。

 

たまたま経年劣化による破損が重なっただけだと開き直ろうとも思いましたが、どうもそれだけではないようです。

 

確かに、僕の扱いが手荒いのかもしれません。

 

例えば、キッチンの引き出し。取っ手だけではなく、他にも問題がありました。

 

うちは今の家に引っ越して3年ほどで、キッチンも比較的新しいのですが、最近のキッチンの引き出しは、閉める時に多少強く押してもガチャンと閉まらず、最後ゆっくりと閉まってくれます。衝撃を和らげる機構が組み込まれているようですね。ご存じの方も多いと思います。

 

ところが僕が主に使うようになってから、その機構が利かなくなってきたのです。これまでのように閉めると、その勢いのまま(むしろ完全に閉まる間際で勢いが増す感じで)ガチャンと閉まって、中の調味料がガタガタと倒れるようになってしまいました。ほとんどすべての引き出しがそうなりました。

 

メーカーに連絡したら一応無料で直してくれたのですが、「中身がたくさん入って重くなっている引き出しは、あまり強く閉めないでくださいね~」とやんわり注意されました。

 

ここで、ひとつ自分にとって都合のいい言い訳を思いつきました。

 

「家事に使う道具は女性向けに作られている。男性が使うと力があり過ぎてつい破壊してしまう。家事は女性がするものだからこれくらいの強度でも大丈夫…と、メーカーが手を抜いて作っているのだ! これは男女差別の結果なのだ!」

 

だいぶ無理がありますか。

 

洗濯物を干すジャラジャラにしてみても、うちのは半分に折り畳めるのですが、開く時によく洗濯ばさみが引っかかるのです。初めのうち、それにイラ立って「ふん!」とばかりに力を込めて開いたら、洗濯ばさみの付け根が砕け散りました。

 

僕は決して筋力のある方ではありません。それでもこんなに簡単に壊れるようでは、普通の男性が家事をすれば、もっともっといろいろな物が壊れることが予想されます。きっと数年後には社会問題化しているはずです。

 

家事に関わる用品を作るメーカーの方には、これからは男が使っても壊れないくらいの強度をもった製品をお願いしたいものです。でないとクレームが来るかも…。

 

もちろん僕はメーカーに苦情を言ったことはないですよ。

 

小心者ですから…。

 

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座りション

今回は、打ってかわって卑近な、というよりも尾籠な話題です。

 

最近、新聞記事でも「男性の○割が座りション」というのをしばしば見かけるようになりました。

 

実は、我が家では既に7年も前、結婚当初からこの座りションが徹底されています。

 

理由は、単純です。

 

妻が、「立ってすると床とか壁に飛び散って汚いからやめて」と言ったのです。

 

初めは、ものすごく抵抗がありました。何というか、座って小用を足すというのは、男としての自分が否定されているような感じがしました。

 

しかし人間というのはどんな状況にも慣れることができるもので、今では、そんなところに男としてのアイデンティティを見出す必要もなかろう、というところまで悟りを開くことができました。

 

そんなわけで、オムツの取れた4歳の長男も、家では座りションです。

 

ただ、このことは家族内でのみ了解されていることであり、必ずしも世間一般の常識ではありません。

 

ですから、いくつか難しい点があります。

 

一つは、家にお客さんを招いた時のことです。

 

我が家は一戸建ての注文住宅なのですが、妻がやたらと自然な材料にこだわった結果、トイレの床までもが無垢の木でできています。

 

もともとは、子供もいるし、どうしたって汚れるだろうというので、打ち合わせの段階では妻が散々迷った挙げ句、結局よくあるビニールみたいな素材で作ることになっていたのです。

 

ところがその散々迷ったことが原因か、できたのを見たら板になっていました。今さらやり直すのも困難で、仕方なく自然塗料とかいうものが塗られています。でも完全なワックスではないので、汚れは浸透します。

 

そんなわけで、男性のお客さんにも座りションをお願いしなければなりません。

 

いちいち言うのも面倒だし、言ったとしても唐突な感じが否めないので、結局ドアに貼り紙をしています。

 

ま、酔っぱらった人なんかにはほとんど通じてないのですが。

 

あとは、その時だけマットを敷いたりとか。妻は基本的に、部屋の中にあれこれ置いて飾るのが嫌で、シンプルなのが好きみたいです(そのくせ「片付けられない女」なのですが)。だから普段はマットは敷いていません。

 

もう一つ難しいと思ったのは、子供のトイレトレーニング。

 

長男が、保育所では立ってするのに、家では座ってやらされるのというので、少し混乱していたみたいです。でも今では、お店などでは立ってして、家では座るという区別ができているみたいです。子供は柔軟ですね。

 

ま、少なくとも言えるのは、我が家における男女間の力関係というのは、世間の数年先を行っているだろうということです。

 

世間では、まず妻がトイレ掃除をしているという前提があって、だから汚してほしくなくて、夫に座りションを要望しているわけでしょう?

 

その点、我が家は違いますよ。

 

「トイレが汚れるから座ってやって」と言っている妻は、ほとんどトイレ掃除をしません。

 

この先進性!

 

ええ、トイレ掃除は僕の仕事です。

 

一体どうなってるんだって?

 

僕にもわかりません。

 

それが、我が家の有り様だとしか言いようがないですね。

 

こんな僕のためにどなたか愛の手を…。

 

 

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橋下さんのおかげで…

前回の更新から間もないのですが、早くも更新です。

 

これには訳があります。

 

前の橋下さんについての記事を書いてしばらくしてから、何となくこのブログへのアクセス数を見てみたら、目を疑うほどに…。

 

激増!

 

ここのところ1日平均5アクセスくらいで、それでも随分増えたなぁと思っていたのですが、ある1日だけで300を超えるアクセスがあったのです。

 

なぜ!? と思ってアクセス解析を見ると、ニフティのトップページから橋下さんの記事へ入ってくる人がほとんど。

 

どういうこと? と思ってそのページを見てみたら、何と「旬の話題ブログ」というのに橋下さんの記事が取り上げられているではありませんか!!

 

トップにあったのは数時間だけのようですが、その間に300以上のアクセス。トップページからの直接リンクの力を思い知らされました。

 

どなたかは存じませんが、取り上げてくださった方、ありがとうございました。

 

これを機会に、男性育休教師の存在に少しでも焦点が当てられることがあれば嬉しいです。

 

とはいえ、記事の題材は今後も特に旬を追うことなく、書きたいことを書くだけになると思います。

 

他の記事も読んで気に入ってくださった方は、再び訪れてくださるもよし、コメントを残されるもよし、blogpeopleのバナーをクリックしてくださるもよし。今後ともよろしくお願いします。

 

 

ところで、橋下さんの「府債ゼロ」発言については、最近の報道ではやや後退したような印象も受けますが、予算を組むのはまだまだこれからなので、注意深く様子を見ていこうと思います。

 

それよりも、先日また妻から税金の無駄遣いの話を聞きました。

 

それは、授業の研究発表を行う場でのことです。

 

普段は教師の研修などに使われている施設で行われたらしいのですが、妻が所属するグループの発表のリハーサルをしている時、その講義室みたいな部屋にたまたまあったスポットライトを発表で使いたいという話になったそうです。

 

それでその施設の人に聞いてみると、「そのスポットライトは○○課の持ち物だから、事前にそこへ書類を回しておかないといけない」などと面倒くさそうに言われたそうです。

 

スポットライトは現に目の前にあって、スイッチを入れればすぐに使えるのです。

 

それなのに、書類を回さなければならないとは…いかにもお役所仕事ですね。

 

そういうくだらないことに使われる労力にも、当然給料が支払われているわけです。

 

それは、税金の無駄と言えるのではないでしょうか。

 

このことだけなら大したことはないですが、一事が万事。

 

公務員自身も、今後はこういう無駄についてもっと意識する必要があるでしょうね。残念ながら、我々教師も、教育という自らの仕事についてコスト面から見直さなければならないことがありそうです。

 

そして前の記事の繰り返しになりますが、トップに立つ人が、現場で無駄と思われていることを積極的に吸い上げてほしいものです。

 

テレビなどでのセンセーショナルな取り上げ方に左右されることなく、「やる」と言ったことをどこまで実現できるか、そこだけを冷静に見つめていきたいと思います。

 

 

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新大阪府知事・橋下徹さんと府債

先日の大阪府知事選挙で、弁護士の橋下徹さんが当選しました。

 

何しろ知名度のある人なので、マスコミではいいことも悪いことも含めいろいろ言われるでしょうが、とにかく自らの職務を全うし、公約を実現してほしいものです。

 

新聞によると、橋下さんは「府債発行は原則として認めない」と言っているそうですね。

 

つまり、これまで毎年何千億円と借金していたのを、やめるというのです。

 

これに対しては、「非現実的だ」という声が上がっています。

 

職員の給料をカットしたとしても、医療費などの補助金に充てるにはとても足りないそうです。補助金がなくなれば、生活に悪影響が及ぶでしょう。さらには、公共施設の有料化なども検討されるかもしれません。

 

確かに、これまで続けてきた借金を急にやめて、今までと同じ行政サービスを保つことは難しいでしょう。

 

しかし行政というところは、「無駄を省くようにしている」「効率化を心がけている」と口では言いながら、その実まだまだ生ぬるいことがたくさんある、厄介な存在です。

 

一つの例としては、前に書いた「指定業者問題」があります。詳しくはそちらを読んでいただきたいのですが、要するに学校の備品は基本的に決まった業者からしか買えず、その業者は価格が高いという問題です。

 

一方、妻の学校でもこんなことがありました。

 

授業などについての研究発表用の資料が配布されたそうです。

 

しかしその体裁は。

 

何と、上質紙に片面だけ印刷して束ねてあり、無駄に重厚な仕上がりになっていたとか。

 

それで妻は、校長に「これ、もったいないですよね~」と言いました。

 

すると校長は。

 

「でも、予算を使い切らないといけないらしいから。はっはっは~」

 

と呑気なものだったそうです。

 

これは税金の無駄遣いのみならず、資源の無駄遣いでもあるでしょう!

 

近頃、政府も企業もこぞって環境対策をPRするのに余念がないというのに…。

 

この、税金を使わせてもらう側としての自覚のなさも問題ですが、前の例にしても今の例にしても、これらは制度的な欠陥でもあります。

 

上に立つ人には、ぜひこういう問題を改善してもらいたい。

 

我々下々の者には、それこそ節約に努めるといったような、できる範囲のことしかできません。

 

聞き取りなどを通して、末端の職員だからこそわかる無駄遣いの実態を吸い上げ、よりよいお金の使い方を模索してほしいと思います。これまで行政の側が、職員一人ひとりに「どうすれば無駄遣いをなくせる?」と聞きに来たことはあったんでしょうか? 僕は聞かれたことありません。

 

何だかんだ言って、本当はまだまだ危機感なんかないのです。もっと必死になれば、浮かせるお金は見つかるはずです。

 

職員の給料を減らすのも結構ですが、それでは意欲をそぐだけですし、補助金をカットすれば府民の生活の不安が増大し、「子どもも大人も笑う大阪」というわけにはいきません。

 

それよりも、職員の目からも明らかな無駄を省くこと。これでコツコツと成果を積み重ね、「府債発行ゼロ」という初志を貫徹してもらいたいと思います。

 

そうすることで、他の都道府県にも、借金を減らす・なくす道が拓かれれば最高ですね。

 

今必要なことのために、次の世代の負担を増やすのは、やはりおかしいことですから…。

 

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カバー曲が大当たり?

またまた前回から随分月日が流れてしまいました。

 

いつの間にか年も変わりました。すでに「おめでとう」と言う時期も過ぎました。

 

僕の育休生活もあと2ヶ月半。

 

育休が終わるまでに、あと何回更新できるかわかりませんが、頑張ってみます。

 

仕事に復帰しても続けようとは思っているんですけどね。

 

 

さて、このような稀にしか更新されないブログでも、この頃は平均して1日に1回以上はアクセスがあります。

 

ありがたいことです。

 

アクセス解析を見ると、育休や教師といった言葉で検索して訪問される方が多いようです。

 

だから、そういう記事をもっと書くべきなのでしょうが…。

 

その前に、音楽関係でどうしても書いておきたい愚痴があるのでお付き合い願います。

 

 

昨年の音楽シーンを語る上で重要といえることの一つに、カバー曲・カバーアルバムのヒットが挙げられます。

 

徳永英明さんのアルバムは、あえて女性ボーカルの曲ばかりをカバーしたという点で確かに斬新でした。

 

お陰で、カラオケでも男が女性の歌を歌いやすくなったような気がします。といっても最近カラオケに行っていませんが。

 

そして、レコード会社の人々はこれを見て、「カバーものは売れる」と思ったらしく、いろいろなアーティストに新旧様々な曲をカバーさせました。

 

その中にはよく売れたものもあるでしょう。古い曲がリバイバルヒットすれば、異なる世代間での共通の話題もできるかもしれません。なぜかカバー曲しかヒットしない歌手もいたりします。

 

しかし。

 

最近カバーされる曲のほとんどは、元の曲がミリオンヒットだったりして既に有名なのだから、ある程度売れるのは当たり前ですよね。僕も有名な曲を違う人が歌っているのをお店で耳にしたりすると、「おっ?」と聴き入ってしまいます。

 

どうもそこには、レコード会社の「いい音楽を創る」という気概を感じないというか、売れれば何でもオッケーと思っている節があるんじゃないかとか…とにかくあまりいい印象を持ちません。

 

映画で新作を作らずに「○○2」とか「続○○」でお茶を濁しているのと同じです。ある程度売れるという安心感はあるけれど、またこれかという物足りなさも残る…。

 

そういえば昨年、かつて「尊敬しあえる相手と共に成長したいねん」などと歌ってヒットした曲のアンサーソングと銘打って、ある女性グループ(男もいたっけ?)が歌った曲には、かなり呆れました。詞が変えてあるから完全なカバーではない、しかしサビはほとんど同じで印象は元の曲と同じ、新しい詞の内容は薄っぺらと、すべてにおいて中途半端さが漂う曲でした。元の曲にはオリジナリティが感じられたと思うのですが。

 

同じような例として、元曲のタイトルの「いるよ」を「いるね」に変えて歌い手の名義を男女入れ替えて再度ヒットさせ、正に「1曲で2度美味しい」を実践した曲もありますが。なぜこれがヒットするのか、かなり謎です。

 

多少なりとも気概のある仕事をするとすれば、素人でもカラオケで歌えるようなヒット曲ばかりを安易にカバーするのではなく、知る人ぞ知る名曲、人々が「あ~そういえばそんな曲があったな~」と思うような忘れられた名曲、こういった曲こそを紹介すべきではないでしょうか。

 

そう思っていたところ、正にそれを実践してくれているバンドを発見しました。

 

それは、Bank Band。あのMr.Childrenの桜井和寿さんを中心とするバンドです。

 

ミスチル自体は昔好きだったのですが、最近の曲は歳のせいか、どれも同じように聞こえます。「Sign」と「しるし」、意味同じだろと思ったりします。

 

しかしBank Bandがカバーする曲は、正に僕が「これをもう一度聴きたかったんだ!」と思わず膝を打つようなラインナップです。

 

岡村靖幸さんの「カルアミルク」。

 

さねよしいさ子さんの「幸福のカノン」。

 

そして、矢野顕子さんの「ひとつだけ」。Bank Bandがこれを歌うライブ映像をテレビで見た時はそれこそ「キター!」と思ったものです。

 

80年代から90年代の隠れた名曲の数々を何らかの形で紹介することは、ある意味僕の夢かもしれません。

 

僕が紹介するとすれば、当時傾倒していた遊佐未森やZABADAKなど、かなりマニアックな内容になってしまいそうなのですが。

 

機会があれば紹介したいと思います。

 

沿志奏逢2

 

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やっぱりチャットモンチーはよい!

あらぁ。もう2ヶ月もたってしまったのですか。

 

書きたいことはたくさんあったのに、情けないことです…。

 

幼稚園の運動会で撮ったビデオの編集をしたり、愚妻の仕事でコンピュータが必要な部分の手伝いやアドバイスをしたり、終いには風邪を引いて寝込んだりしているうちに、それだけの月日が流れてしまったのですね。

 

ま、後悔は先に立たず。育休生活も残り4ヶ月を切った今、できるだけのことをするしかないですね。

 

久しぶりの更新なのですが、また音楽の話題で。

 

以前に「チャットモンチーはよい!」というのを書いたのですが、あれからアルバム「生命力」やDVD「チャットモンチー レストラン 前菜」が発売されて、ますます知名度は上がっているようですね。

 

2ちゃんねるを見ると、ギターボーカルのえっちゃんこと橋本絵莉子さんに萌えるスレなどがかなりの勢いで伸びており、そういう意味でも盛り上がっていることが伺えます。その気持ちもよくわかるなと。僕自身、小さい頃から楽器が弾ける女の子によく憧れていたのを思い出します。

 

でも音楽的なことで言うと、今回のアルバム「生命力」についてメンバーがよく語っているのが、「スリーピースであることにこだわって作った」という点です。つまり、3人が出す楽器の音と声だけで構成されていて、他の音を入れることを極力排したものになっているということです。

 

このことに、僕はいたく感銘を受けまして。

 

というのも、僕は昔から、4人組のバンドでギターは一人しかいないはずなのに、ギターの音が2つ分も3つ分も入っていたり、シンセの音が入っていたりする曲があると、違和感を覚えていたからです。ライブで自分たちだけでは再現できないではないかと。サポートメンバーを入れるにしても、バンドという「絆」で結ばれているはずのメンバーに、なぜそうでない人間を加えないと演奏できないような曲を作るのか。

 

有名なバンドでも、ドラムがいないバンドなんかもあります。それでいて、そのバンドの曲には必ずドラムが入っている。こういうところに、僕は何だか矛盾を感じてしまうのです。もっとも、そんなことを思うのは僕だけなのかもしれません。

 

最近はバンドではなく、ユニットという言葉もあって、サポートメンバーが入ることを前提とした形式もあり、曲が良ければ、見栄えが良ければ、別にそんなことどうでもいいじゃないかと思われそうなのですが。

 

その点、チャットモンチーは自分たちで曲を作り、アレンジもし、演奏も3人でするというバンドです。メジャーになった今でこそ、プロデューサーを初めとした他の人の意見も取り入れているでしょうが、もともと自分たちですべてをこなしていたのです。

 

このように考えてみると、チャットモンチーが今までメジャーにはあまりいなかったタイプのバンドであることがよくわかります。

 

女性だけのスリーピースで、曲作りも演奏も自分たちだけで行うバンド。

 

そしてまた、本人たちもその立ち位置をよくわかっていて、スリーピースということを前面に押し出したアルバムを作ったのかもしれません。「生命力」を聴くと、以前の曲よりもさらにギターを重ねるところが減り、ずいぶんと削ぎ落とされた感じになっています。

 

これを「音が薄い」と感じるか、「シンプルだし、ライブでも再現しやすい」と感じるか。僕は、不要なものをどんどん削ぎ落としていくやり方には、俳句などにも通じるような日本的なものを感じます。

 

バンドメンバーだけでは再現できないような音作りをするくらいなら、いっそのことYUKIやPerfumeみたいにほとんど打ち込みにしたら?と言いたくなります。ちなみに僕はそういう曲も好きです。

 

話は多少変わりますが、ギターボーカルの橋本さんの話を聞いていると、自分のやりたいことを実現する上で重要なのは、とにかく「やってみる」ことと、それを続けていく「意志の強さ」だなぁと痛烈に思います。

 

ミュージシャンになる場合、いちばん重要なのは演奏力だと思われがちですが、演奏力だけならアマチュアにだって相当な力を持つ人がいるでしょう。例えば橋本さんよりもギターがうまい人だってきっといます。プロが誰でも、布袋寅泰やCharみたいな演奏力を持っているわけではないのです。

 

やはり彼女のように、とにかくプロになりたいと、曲を作って、演奏して、大学進学もやめて、がむしゃらに続ける。もちろん意志の強さだけで夢が実現するものではありませんが、僕を含めてほとんどの人には、そんな意志の強ささえ持ち合わせがありません。だから何かをしようと思っても、継続して最後までやり遂げることができない。

 

自分の意志の弱さが身に染みる、今日この頃です。

 

何だか暗い感じになってきたな。

 

とにかく、やっぱりチャットモンチーはよい!

 

次回作にも期待しています。

 

生命力

 

チャットモンチー レストラン 前菜

 

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保護者の苦情~内科検診の場合

妻は、小学校で養護教諭(保健の先生)をしています。

 

といっても、今回は妻の愚痴ではありません。

 

変わった保護者もいたものだなぁ、という話です。

 

学校で行う健康診断の一つに、内科検診というのがあります。

 

ご存じの通り、聴診器でお腹と背中をポンポン、というやつです。

 

妻の職場では、男女問わず、1年生から6年生まで、上半身裸にしてやっているそうです。

 

といっても、高学年の女子は直前まで体操服を着ていて、お医者さん以外の他人には見られないようにしているらしいですが。

 

何しろ、何百人と診察してもらうので、お医者さんの目の前に来てから下着をめくったりしていると時間がかかるし、お医者さん曰く、脊椎が曲がっていないかとかも診るためだそうです。

 

ところが、よその学校ではそういうやり方に対して、保護者から苦情があったそうです。

 

何でも父親から、「娘が恥ずかしがっているから上半身裸にするのはやめてくれ」という内容の苦情だったということです。

 

内科検診は、学校保健法やその施行規則といった法に基づいて行われています。

 

当然必要だと考えられているから実施されているわけで、実際、内科検診で裸を診たお陰で虐待が発覚する、というケースもあるようです。

 

お医者さんに診てもらうことをいちいち恥ずかしがっていたら、病気かどうかを調べることもできません。多感な年頃の娘さんでも、どんな病気になるかわからないのです。恥ずかしがっていられるのは幸せな証拠ですかね。深刻な病にでもかかれば、そんなこと言ってられません。

 

それにしてもこの父親には、恥ずかしがる娘に、「そこは恥ずかしがるところではない」くらいのツッコミを入れてほしいところです。

 

そんな娘の言うことをすべて真に受けて、学校にまで電話してくるという行為の方が、余程恥ずかしいと思うわけであります。

 

内科検診だって、学校で行う以上、教育の一環だと思います。

 

ここで「恥ずかしいと思うんだったら検診を受けなくてもいいんだよ」と言う親がもしいたら。

 

あるいは、そういう申し出を「もっともです。それなら受けなくてもいいです」などと返す学校がもしあったら。

 

世も末ですな。

 

学校で「やりたくないことはやらなくてもいい権利」がまかり通れば、すべてが崩壊するでしょう。それだけは避けたいところです。

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無認可(認可外)保育園・保育所擁護論

ほぼ一ヶ月ぶりです。

 

僕の育休生活も後半に入りました。今のタイトルでブログを書ける時間も限られていますので、もう少し頑張ります。

 

 

少し前の話で恐縮ですが、保育園で痛ましい事件が起こりました。

 

一つは、子供が車の中に置き去りにされて熱中症で亡くなってしまった事件。

 

もう一つは、保育園で病原性大腸菌O157に感染して、やはり子供が亡くなった事件です。

 

本当に気の毒なことですが、一つ引っかかったことがありました。

 

それらの事件を起こしたのが、無認可の保育園だと報道されていたことです。

 

何だか、認可=安全、無認可=危険というレッテルが貼られてしまったような気がしました。

 

うちの長男も、この3月まで無認可の保育所に通っていました。

 

子供の人数も少なく、こぢんまりとしたところだったせいか、本当によくしてもらいました。先生方も子育てのベテランで、毎日しっかり歩かせてくれて、食事も手作りで、トイレの習慣づけもきっちり。オムツを外してくれたのは保育所だったと言ってもよいくらいです。

 

そして無認可のよいところは、何といっても融通が利くところ。

 

認可された保育園は、自治体を通して子供を募集するのが原則で、何ヶ月も前に申し込みしなければいけなかったり、4月入所でなければ入りにくかったりしますが、無認可なら空きさえあればいつでも入所できます。また、親の働き方に応じて、不規則な登所でも対応してくれます。

 

うちの長男が通っていた保育所は、正式には2歳児までを預かることになっているのですが、そこも柔軟です。登所していたことがある子なら、幼稚園や小学校が夏休みの時とかにも一時預かりをしてくれます。人間関係ができているので安心して預けられます。

 

そもそも、認可された保育所だけでは数的に不足していたり、型にはまりすぎていて対応しきれない部分があります。その隙間を埋めてくれているのが無認可なのです。その柔軟性はもちろん、熱心な先生方の献身的な仕事ぶりに支えられています。

 

先に報道された事件で、無認可の保育所が十把一絡げに批判されたり、いい加減な保育をしているという印象を持たれることを恐れます。

 

認可だろうが無認可だろうが、いいところはいい、悪いところは悪い。思い込みにとらわれず、自分の目でいいところを探してもらいたいものです。

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ナイス橋本「夏の手紙」

最近ようやく、気に入った曲をネットでダウンロードして購入するようになりました。

 

外出しにくい僕としては、レンタル屋さんへ行くよりも手軽で助かりますね。

 

そういった曲を車で流していてふと気付いたのです。

 

僕がよく流す曲は、何の変哲もない、オリコンチャートでも割と上位にランキングされていそうなヒット曲が多く、一見うちの子供たちのような幼子には難解で、退屈な印象があります。それこそ童謡とか、アンパンマンとかの方がわかりやすいですもんね。

 

ところが、ごくまれに子供が食い付いてくる曲があるのです。

 

その一つが、タイトルに書いたナイス橋本の「夏の手紙」です。

 

といっても、最初のラップの部分ではまったく反応がありません。

 

やはりサビです。

 

「手をつないで、手をつないで…」というところ。

 

ここは3歳の長男でも簡単に真似できるのです。もちろん、音をなぞるだけではなく、「手をつなぐ」という意味もわかってのことです。だから、この曲がかかると喜んで一緒に「手をつないで…」と歌っています。

 

小さい子供でも歌える、理解できるというのが名曲の条件…かどうかはわかりませんが、子供にとって親しみやすいメロディーと歌詞が、こんな意外なところにも転がっているんだということに気付き、何だか妙に感心しました。

 

ただし苦言(?)を一つ。

 

2番のサビが、「バカみたいに、バカみたいに…」となっていますが、関西在住の僕としては、あまり子供に歌わせたくない歌詞です。よく言われるように、関西では「あほ」には愛情があるけど「バカ」にはそれがないとされていますから…。

 

と思ってウィキペディアのナイス橋本の項を見ると、長崎出身の彼は大学からは関西に住んでいるようですね。

 

だったらこの辺のニュアンスはわかってほしいな~。

 

もっとも、「あほみたいに、あほみたいに…」ではちょっと間抜けな感じがしますが。

 

夏の手紙

 

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